代わり映えのしないハードウェア
iPhone7とiOS10が発表されました。ハードウェアには、より処理能力の高いプロセッサとメモリの大容量化という定番の進歩と、イヤホン端子の廃止や防塵防滴化など、他社のスマートフォンであれば以前からある付加価値が追加されました。
また、新色 ジェットブラックが追加されました。iPhone3GSのプラスチックの艶やかな黒、そしてiPhone4シリーズのガラスで覆われた艶やかな黒以降、iPhone5およびiPhone6シリーズでは失われていた、艶やかな黒色の再登場です。
ApplePayの日本でのサービス開始
これらのハードウェアの進歩は、もはや毎年繰り返される定番の話題で見るべきところはありません。ですが、ApplePayの日本でのサービス開始がアナウンスされました。このApplePayのサービス開始の一部として、SuicaおよびiDとQUICPayの非接触型決済サービスへの対応がアナウンスされました。
これらの非接触型決済サービスは、非接触型ICカードにFelicaを採用しています。FeliCaは、ソニーが開発した非接触型ICカードの技術方式の名称です。Felicaは日本で広く、しかし日本でのみ広く使われている技術ですが、iPhone7およびApple Watch2のハードウェアがFelicaに対応しました。
これでできることは:
- ハードウェア: Felicaに対応。
- サービス: プリペイド方式のSuicaに対応。
- 国際ブランドの登録クレジットカードからチャージ可能。
- サービス: ポストペイ方式の非接触決済 iD、QUICPay が利用可能。
ApplePayを使うと、自分が持っているクレジットカードを登録して、アプリ内およびウェブでの支払いに、その登録情報を使って支払いができます。またハードウェアがFelicaに対応したiPhone7以降であれば、店舗で非接触型決済もできます。
非接触型決済の、日本での現実的な対応
決済には、ブランド会社とカード発行会社そして加盟店管理業者の3つの役割があります。JCBのように、これら3つの役割を兼ね備えた会社もありますが、たいていはそれぞれを担う会社は別です。
ブランド会社はVISAやMasterCardのように決済の仕組みを提供します。カード発行会社はブランドからライセンスを取得してクレジットカードを発行します。加盟店管理業者は、加盟店を開拓して、売上データの受け取り、カード発行会社からの売上代金回収そして加盟店への入金業務を行います。参照: 【第4回】[基礎編] 「イシュアー」と「アクワイアラ」 http://pointi.jp/credit_card/credit_about04.php
日本ではすでに広く非接触型決済のサービスが普及しています。ここでApplePayの加盟店を広げようとしても、時間がかかります。すでにあるSuicaなどが使えるようにしたのは、現実的な対応です。
おサイフケータイとちょっと違うっぽい
AndroidのおサイフケータイやモバイルSuicaのサービスがあるけど、使ったことがないので、同じようなものかなと思ってググッて使い方のページとかを見ていた。結構違うんだなって印象。
iDは、ドコモが運営する決済プラットホームでブランドだから、VISAやMasterCardのような国際ブランドと同じように、そのブランドをクレジットカード発行会社がライセンスして、カードを発行して、iDの加盟店管理業者がカードリーダを店舗に設置する流れのものなんだろう。
そのiDの非接触型決済だと、クレジットカード発行会社にiDの利用を申し込んで、そのカードをAndroidに登録するみたい。だからおサイフケータイは、iDカードというハードウェアの機能をAndroidのハードウェアに転写するイメージ。iDって、あとから追加サービスとして申し込むとiD専用のFelicaカードが送られてきたりするから、そういうイメージで、追加サービスのカードのハードウェア部分が、たまたまAndroidのハードウェアになっているだけなんだろう。
ApplePayの説明だと、MasterCardとかJCBとか(VISAはない)の国際ブランドが並んでいるから、ぱっと見ると、iDを申し込んでなくてもいいように見える。なのでiDという仕組みがたまたま使える、ApplePayっていうイメージ。
ただややこしいことに、MasterCardは、MasterCardコンタクトレスというFelicaではないNFCを使う非接触型決済サービスを出してて、これがなかなか広まらなかったのだけど、iDでこのサービスが使えるようになってたりするから、表向きiDにみえて中はMasterCardのサービスとかの流れとかあるのかもしれないから、そういうことができる国際ブランドが並んでいるのかもしれない。業界のことなんか知らないから、わかんない。
とはいえ、ぱっと見では、クレジットカード会社にiDの申し込みをしてそれを登録っていう感じではなく、国際ブランドの手元のカードをiD支払いに紐付ければ、あとはAppleが適当によろしく処理してくれるのかな? と思える。これは大きな違いだと思う。おサイフケータイは、カードというハードウェアをAndroidというハードウェアに置換するだけ。ApplePayは、決済インフラにiDが選べるだけ、みたいな。
座組を想像すると
ApplePayは、どんな座組になっているのだろうか。クレジットカード決済は、ブランド-カード発行会社-加盟店管理業者、の3つの役割がある。iPhoneがカードの役割を果たすとすれば、Appleは決済の事業を持たない製造販売の会社だから、取りうる組み方は:
- (ApplePay)-加盟店管理業者
- ブランド-(ApplePay)-加盟店管理業者
- ブランド-(ApplePay)
の3つの組み方になる。実際にはカード発行会社のカードを登録して利用するので、ApplePayの裏側にカード発行会社がずらっと並ぶ形になるから、それを乱暴にApplePayとまとめるのは間違いなのだろう。だから、これを書き直すと:
- 座組としては: ブランド-カード発行会社-(ApplePay)-加盟店管理業者
- 利用者から見ると: ブランド-ApplePay-加盟店管理業者
と視点ごとに区別して書けばいいのだろう。
Androidのおサイフケータイでは、iDのブランドで発行されたカードを登録する、Androidがカードエミュレータになるハードウェアであるだけ。それならばAndroid端末を製造する会社は、iDカードをエミュレートするハードウェアを製造すればいいだけだから、何も考える必要はない。だからカードがAndroidになるだけで、ユーザ体験も何も変わらない。
ApplePayの組み方は、カード発行会社と利用者の間に、強引に割り込んだ感じに見える。だから、カード発行会社であれば手にできる手数料は取れない。
カード発行会社とiDとの間の支払いをつなぐために、支払い期間のズレの吸収などで、それなりのお金をプールしなければならないだろうから、そのプールしなければならないお金を運用すれば得られただろう最低限の利益が確保できる程度に、とても薄い手数料を受け取る契約を、カード発行会社と結ぶくらいだろう。
支払い手数料を受け取れるカード発行会社は、顧客確保のためにポイントをつけるなどで、利用者を囲い込む。しかしApple自体は、薄い手数料しかとれないから、ポイントをつける原資がない。だがApplePay自体がiPhoneというハードウェアと結びついているから、iPhoneが売れることで利益が得られる。
これまで金融のなかで、3つの役割が成り立っていたところに、その役割を食う形で参入するのは、既存勢力から一斉に攻撃されておよそ無理に思えるけれども、この無理な割り込みの形は、そもそも利益源と顧客確保の方法が異なる4つ目の立場として、成り立っちゃったのでしょうか?
インバウンドとか狙うならiDと国際ブランド連携っていいと思う
SuicaもiDも、日本では便利かもしれないけれども、日本でしか便利ではない。そのうえ東京にいくと駅自体がSuicaに最適化されすぎて改札にICカード専用が増えている。東京に住んでいる人には便利だが、短期間滞在だと不便というのは、海外から来た人を排除する力だろう。
ApplePayで、ちょっと滞在したときに、滞在国のローカルサービスをちょこっと使えるのは、インバウンド、つまり、海外から来た人が消費をする、国内で消費しているけど輸出相当の消費、のために不可欠なピースだろう。
Suica程度なら使い捨てでカードを買うのはありだけど、あれはJR東のViewカードからしかチャージができない。クレジットカードからチャージする方法がない。だから日本円を手にして駅にある端末でチャージとか、およそ原始的な方法しかない。あるいはiD使いたくても、日本ローカルなカード発行会社からiDの付帯で個別カード発行とか、短期滞在でありえないでしょう。どっちも、ありえない不便さだろう。
SuicaにしろiDなんて日本どローカルなサービスを、カード発行しないと使えませんとか、東京オリンピックの招致のアピールで、“お・も・て・な・し"を口にしていながら、お金を使っていただく方々に対して、この国のルールに従え、なんて上から目線は、ありえないと思うわけで。
なので、手元カードとiDを紐付けられるのであれば、とても良い感じだと思う。というかApplePayの立ち位置こそ自然で、その国で事業をしているカード発行会社が絡む形のほうが、不自然に見える。
まだ発売前で、じつは海外から来た人は使えません、かもしれないし、その辺りが自然かどうかはわからないけど、インバウンドをテーマにするなら、Androidのおサイフケータイには絶望しかないけど、ApplePayにはこの先への希望があると思える。
Suicaのカード取り込みはすごいと思う
ApplePayは、手持ちのSuicaカードを残金情報を引き継いてそのままiPhoneに取り込めるらしい。しかもカードのデポジット代金500円がその時に返却されるらしい。さらに定期券などの情報も引き込める。まるでモバイルSuicaだけど、モバイルSuicaをiPhoneに持ってきたのじゃないっぽい。モバイルSuicaのだと年会費1000円(JR東の子会社のブランド、ビューカードと連携させていたら今のところ年会費不要だけど)がかかるけど、ApplePayにはそういうのはないらしい。
もともとJRのSuicaは、将来どのような異種のシステムが接続するかも予測ができない、ことを前提に作られている。異種統合型情報サービスシステムにおける自律分散アシュアランス技術、というやつ。
カード単体で情報を保持する、しかも駅を超高速でパスできるFelicaは、そのシステムの要の技術になる。カードの偽造や情報の書き換えが、カードそれ自体のハードと通信技術で厳重に確保されているから、もしも課金データを撮りそこねた場合は、Felicaカードの情報をマザーとする、というシンプルな方針が取れる。
その要なカードをiPhoneに取り込める、というのだから、驚く。それはiPhoneそれ自体がFelicaカードと同じセキュリティなどの技術で守られているとJR東が認めた、ということなのだろう。
しかも、iPhoneを落としても、リモートでiPhoneのひも付けを削除すれば、その端末に紐付いていたSuicaの情報を、新しい端末に繋ぎ変えられるらしい。Suicaのカードは常に1枚しかない、という前提があるが、iCloudはその常に1枚しかない状態を確実に保証できるほどJR東に認められているのだろう。いろいろ、大したものだなとおもう。
こんなの、JR東と協業しないと絶対に実現できないけど、ちゃんと協業しているのだなと、その取組はすごいなと思う。でもiPhoneからすれば、今まで自然にやってきたことを、今回もちゃんとやっているだけかもしれない。
この取り組みはしかし、携帯業界でも同じことをしてきた
もともと電話機を手がけていないAppleがiPhoneを出した時の座組を想像すると、決済は ブランド-カード発行会社-加盟店管理業者 だけど、携帯業界も、通信インフラ-SIMカード発行と代金回収-代理店 と3つの役割がある。
通信技術それ自体が3GそしてLTEとどんどん進歩していた。どんどん進歩する技術とちゃんと相互運用ができる携帯端末をちゃんと販売しなければならないから、キャリアが販売する端末を決められた。だから端末の販売代金を手にできた。技術が進歩している時は、技術開発と基地局の整備に莫大な投資が必要で、それを回収するためにも、端末販売代金は大切な収益源になる。